IT/IoTが、農業と人・地域を日本から世界へつなぐ…明治大学小沢特任教授が語る、日本の農業の現状と未来の姿

今回、Pedia Newsでは、明治大学 農学部 黒川農場 小沢聖特任教授にインタビューを実施し、日本の農業が抱える問題、そして農業の未来を伺った。

20世紀半ばには30億人未満であった地球の人口は、アジアやアフリカを中心に急速な増加を続け、現在70億人を超え、2050年までに地球の人口は100億人近くに達すると予想される。しかし、地球の大きさは変わらない。現在、世界の農地面積は16億2800万ヘクタールあるが、わずか18%のかんがい農地から世界の食料の40%が生産されている。今後、ますます増え続ける世界の人々の生命、生活、経済を、同じ大きさの土地で支えていかなければならない。それには、水の枯渇、環境破壊など様々な問題を抱えており、地球は、将来、深刻な食糧難を迎えるかもしれない。

今回、Pedia Newsでは、明治大学 農学部 黒川農場 小沢聖特任教授にインタビューを実施し、日本の農業が抱える問題、そして農業の未来を伺った。

2016年の訪日外国人数が2400万人を突破するなど、インバウンド市場が盛り上がりを見せる中、海外から日本へ来る目的のひとつとしてあげられるのが「和食」である。和食は、「新鮮で多様な食材の利用」「自然の美しさを表した盛り付け」「バランスがよく、健康的な食生活」「年中行事との関わり」といった特徴を持ち合わせ、日本人の根底にある「自然の尊重」にもとづいた食文化であることが評価され、2013年にはユネスコ無形文化遺産にも登録されるなど、世界中から和食に注目が集まっている。

日本は、四季折々の変化や地理的な多様性を背景として、豊かな食材をもたらす自然と共に生きていく中で、人間が自然に働きかけ、自然が人間に働きかけ、その何年にも及ぶ積み重ねで、独自の食文化「和食」を生み出した。「和食」が日本の農業を育み、「日本の農業」が和食を育んできた。

日本の農業は、世界的にみても、非常にレベルの高い技術が普及し、高品質の農作物が供給されるような農業を実現している。これには、熟練農家の匠の技が大きく貢献してきた。一見、同じように農作業をしているように見えても、長年培ったきた経験と勘を使えば、他の農家とは一線を画する成果が出る。

[図: 農林水産省 農業労働力に関する統計 農業就業人口及び基幹的農業従事者数をもとに作成]

しかし、日本の農業の現状をみると、人口の減少や高齢化が進行しており、就農人口は10年間で100万人減少し、ついに200万人を割り込んだ。加えて、平均年齢は67歳で、農家の半分は後継者がいない。それゆえに、熟練農家による匠の技術の伝承が急務となっている。特に、生産・生活条件が不利な地域では急速な減少傾向が目立つ。

[農林水産省 平成27年度食料・農業・農村の動向/平成28年度食料・農業・農村施策 農地面積等の推移をもとに作成]

日本における農地面積は緩やかな減少傾向にある。これは、日本がアジア特有な水田地帯であることが影響する。歴史的にも、日本は、水田地帯を活用することで生産性向上させ供給を安定化してきた。そのため、どうしても水田地帯における人口密度が高まる傾向にある。日本の農業は、狭い地域で農家が集中し農村を築いたからこそ成立してきたとも言えよう。

また、政府は今月20日召集の通常国会で農業改革関連法案を提出し、昨年11月に農林水産業・地域の活力創造本部(本部長・安倍晋三首相)がまとめた農業の体質改善と「稼ぐ農業」への転換の具体化を目指す。農産物の輸出拡大を含む成長戦略の要として環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)を位置付け、先の臨時国会で承認された。これとは別に農業改革関連法案の成立で改革を進める方針だ。

こうした中、日本の農業は、限られた農地を活用し、どのような戦略を立て生き残るか。そこで登場するのが「スマート農業」とも言われる「AI(アグリ・インフォマティクス(農業情報科学)農業」。AI農業とは、暗黙知ともなっている熟練農家の匠の技を、ICT技術を用いて形式知化することで、他の農業者や新規参入者等に短期間で技術やノウハウを継承していく新しい農業である。人工知能(AI)やIT技術を活用したデータマイニングを利用することで、これまで伝承が難しかった農家の技術、ノウハウ、農作物の状態、環境などの情報を、一定のルールやフォーマットにもとづきデータ化し、集合知として取り扱えるようになり、より高度な生産・経営を実現させる。

これがまさに、明治大学 農学部 黒川農場 小沢聖特任教授が、ルートレック・ネットワークスとの産学連携成果として、クラウドを活用したICT養液土耕栽培システム『ゼロアグリ(ZeRo.agri)』で行ったことである。ゼロアグリは、2012年4月に会場された明治大学の黒川農場で実施される。

* 参考記事:**「熟練農家の匠の技を、スマート農業で見える化」日本発の技術で世界に挑むルートレックが総額4億円を資金調達 佐々木社長が語る、今後の展望**

多摩川のめぐみとなだらかな多摩丘陵が広がった細長く平坦な地形を持つ、神奈川県川崎市。この緑豊かな土地に、環境・自然・地域との共生をコンセプトとした農業研究の新農場「明治大学 黒川農場」はある。これまで幾度となく「IT x 農業」は話題に上がっていたが、金銭的にも時間的にも多大なコストがかかるために、イノベーションが起きにくかったのが実態である。実際、インターネットサービスは比較的に短期間で結果を得られ1年に何度もPDCAを繰り返せるが、農業は自然に生きる農作物を取り扱い年単位の時間が必要である。そこで、黒川農場では、年間を通じて、体験型実習教育・研究活動を実現する。

ゼロアグリは、培養液供給ロジックをシンプルにして、栽培者が生育状況をみて目標土壌水分・目標培養液濃度を調節する、最も経験と勘が必要な「かん水・施肥」を、IoTと独自アルゴリズムで「自動化(Irrigation on Demand)」した。現在の土壌環境ならびに日射量などから、作物の生長にあわせた最適な土壌環境を一定に保つことを、自動で行うのだ。また、父の経験や勘をデータ化し、息子に伝えることもできるシステムである。ゼロアグリを使えば、息子は、父親が長年培ってきたノウハウを譲り受けられ、父親の助言にそって制御することで、翌年には息子が父親に近づく。

[[図: 農林水産省 平成28年6月施設園芸をめぐる情勢 施設園芸における課題1(施設園芸の高度化)をもとに作成]

ゼロアグリのターゲットは、経済的に自立可能な20アールから50アールの中規模ハウス農家。これは、日本の施設栽培面積の98%を占める。小沢特任教授によれば、昨今注目を浴びる**「オランダ型農業、イスラエル型農業、法人経営農業など大規模な農業に対するアンチテーゼ」**でもあると言う。

**全体の収入を一人当たりの収入で考えると、一般的なパイプハウスと、複合環境制御を備えた温室や植物工場では全く異なる。大規模な農業では、収量は増えるが、その農業経営だけで食べられる人の数は限られる。農業にとって、地域を維持しながら経済活動できる、地域に必要な適正な大きさを考えると、大きなハウスを経営者として保有し労働者を雇うような形ではない。農業は自然と隣り合わせで、震災や洪水などがいつ生じるかはわからない。そういう時に大規模農業ではいくら保険をかけても全額保証もできない。高額投資な上に、高リスクだと思う。いまの若者にそういう農業をやらせてはいけない。日本中には、パイプハウスがたくさんある。それなら、安くて便利なものを利用すればいいのではないか。**

**そのため、ゼロアグリでは、家族労働と少しの雇用で成り立つような中規模ハウス農家をターゲットにしている。大型農業を否定するわけではないが、元来、日本の農業は、農作業と地域活動があったからこそ成立し、地域との関わりがあったからこそ文化として根付いてきた。**(明治大学 農学部 黒川農場 小沢聖特任教授)

ゼロアグリの導入費用は、1台120万円程度。これに、通信経費、クラウド利用として月に1万円ほどかかる。一般的に、養液土耕栽培で収量は約20%増加するため、中規模ハウス農家ならば1〜2年での経費回収が見込めるそうだ。

これにより、ゼロアグリでは、全ての判断を自動化せずに、人間の判断を残すことで、低価格な製品化を実現しただけでなく、「Machine to Machine」から「Man to Man」へ「M2M」世界の拡大も実現した。

現在、世界で消費する化石燃料の8%が窒素肥料の生産に使用しており、施肥した窒素肥料の50%は作物に使われずに地下に浸透し、地下水、河川の水質汚染の原因となっている。しかし、養液土耕栽培なら、元肥を与えず、日々必要な肥料だけを供給するため、肥料の利用効率を80%以上に高めるだけでなく、環境保全にも役立つ。

農学に精通したアカデミックな知見と、IT/IoT技術に精通したベンチャーの技術を融合する『ゼロアグリ』。農家の生産力、技術力を高め、農家の収益を向上させながら、環境にも優しい農業を実現する姿は、まさに日本の未来を担う次世代の農業とも言えよう。今後、日本における農業のあるべき姿について、小沢特任教授は、次のように語ってくれた。

**大前提として、日本の農業は施設栽培以外に全体で伸びる余地がないと思う。ただ、日本の土地の多くを占める田んぼを利用するにしても、売口がなくてドン詰まり状態にある。さらに、深刻な水問題も避けては通れないだろう。これを解決するのは、個人や企業のレベルでどうこうできるレベルではない。日本人の食生活を再編するか、日本の土地を再編するか。**

**その一方で、施設栽培を増やし続けていくと、日本人が食べきれる生産量を超えてしまう。実際、現代の日本人の食生活は、生産量に対して消費量は少ないが良質なものをよく食べる傾向にあり、すでに野菜の生産自体は飽和状態にある。ただ、日本の野菜をそのまま海外に輸出できるかというと、特定の富裕層には受け入れてもらえるが厳しい状況にある。輸出をするにしても今よりも相当価格を下げないと売れない。これまでのように、国内消費の余剰分を輸出するというのでは無理だろう。韓国ではパプリカを輸出用に生産することで、海外で売れるものを作り、世界で価格競争の環境を生み出した。日本も、輸出用に生産できる体制を、バリューチェーン全体で考えていかないといけない。**

**昨今の就農人口と農地面積の推移を考慮すると、ゼロアグリが流通すれば、各農家の収量が増えて、野菜の単価が下がることもあり得るかもしれないが、コンビニ販売、EC販売、宅配など新しい需要が増加しており、農業を取り巻く環境が変わりつつある。こうした動きに的確に対応し、技術の適応を進めていくことで、生産と需要の調和が取れ、出荷価格を維持することができると考えている。農業は、ケインズの経済学の範ちゅうにある。農業の場合はクッションが少なくて、影響がどの程度まで及ぶのかが見えにくい。もちろん、どこかでオーバープロダクションになる可能性がある上に、世界情勢の変化も大きく影響し得るだろう。だからこそ、我々は、10年、20年、その先を考えていかなければならない。**

**最近では、国内だけではどうしても規模の拡大が難しいからこそ、海外市場を視野に入れる農家が、若者を中心に増えているが、これからは日本人が海外へ農業技術を売らないといけない。今後、日本の農業は、世界の胃袋を探すためには、日本の農業を海外へ持っていくようになると思う。「Made in Japan」ではなく 「Made in Japanese」 の時代になると言えよう。日本が食糧生産を維持するためには、国民の要望の大きさや農業に対する理解も大きく関わるが、国としてどのような施策を取るか問われるだろう。**(明治大学 農学部 黒川農場 小沢聖特任教授)

### 編集後記

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今回取材させていただいた黒川農場にて収穫されたキュウリをいただきました。日本特有の自然豊かな環境と、IT/IoTの力を融合した農業が、日本の食卓そして世界の食卓を、温かく豊かに彩る日が目の前に広がっていることを深く味わいました。

[Pedia News 編集長 坂上聖奈]