三者三様の経験から語られる、それぞれの「起業」とは【#大阪JCイベント 】

一昔と違い、VCやクラウドファンディングの登場によってますますハードルがさがっている「起業」。資金調達のしやすさから、若手を始め、ますます多くの起業家が増えてはいるものの、周りに起業経験がある人がいない方にとっては、まだまだ不安の多いチャレンジなのではないでしょうか。

そんな最後の一歩を踏み出そうとする起業家向けに、公益社団法人日本青年会議所の大阪ブロック協議会が開催された「起業家育成プロジェクト 〜社会を変革する起業家への道〜 」。そもそもの起業のきっかけから、起業の成功経験談、そしてSDGsと呼ばれる国連目標とビジネスについて、それぞれまったく別の、三者三様の視点から語っていただきました。

登壇者プロフィール

プロフィール

ーーまずは、一人ずつ自己紹介をおねがいします。

正田:正田圭と申します。起業自体は学生の頃、大学生ではなく当時15歳なので中学校3年生の時に起業しています。それから立ち上げた会社を何回か売却しておりまして、合計6回、自分で作った会社を売却、現在は7回目の起業ということでTIGALA株式会社の代表をしております。会社を6回売却したという経験から、M&Aの仲介、コンサルティングをメインとした事業で展開しております。

自己紹介

野村:はぐくみ行政書士事務所を経営しております、行政書士の野村早希と申します。2015年の11月に開業して、そこから事務所をやっていますが、大学はまったく法律系ではなく、心理学や教育学を専攻しながら、アルバイトのCD屋でPOPばかり書いておりました。大学卒業してからはエステティシャンを2年間やっていたのですが、女性は特に法律にうとい方が多く、そして世の中法律を知らないと損することも多いんだなと感じまして、そこから資格をとり、法律事務所で7年半勤めておりました。そして2015年の11月に、事務所をオープンしたという経歴です。

三宅:Beehive Jeansの三宅と申します。僕自身も15歳の頃からホームページを自分で作っており、そこで商品販売したことから始まっております。いろいろやっていた中で、21歳ぐらいの頃に、難波の古着屋さんがどんどん潰れている現状を目の当たりにしまして、そこでジーンズをインターネットで販売しようと思いつきました。ローカルではどんどんどんどん潰れていくような商品だとしても、インターネットを使えばマニアックな方々へ届けることができます。そうしたファンとつながることで成り立つビジネスとして、ジーンズの販売をしてきました。いろんなデザインを考えることが凄い好きでして、紆余曲折ありながらも、去年クラウドファンディングに挑戦、自社ブランドを立ち上げることになりました。開始4時間で達成して、最終的には607%達成までいきました。クラウドファディングでの成功体験からけっこう相談が殺到しちゃいまして、今年に入ってから20件ほどお手伝いさせてもらって、全部成約することができました。ちなみに日本の成約率の平均は30%ほどでして、この半年で1,500万円ぐらい集めています。よろしくお願いします。

起業の環境、きっかけと思い。

起業の環境、きっかけと思い。

ーー起業のきっかけについてお伺いします。起業した頃の環境や、起業への思い、志の部分を含めた上で何が起業へ向かわさせたのか教えてください。

正田:僕が起業したのはもう17年も前の話で、その当時の話が今の皆さんの参考になるか分からないため、今との対比でお話しさせていただきます。17年前と比較した際の一番の違いは、お金集めの難易度です。当時は資金集めがめちゃくちゃ大変だったんですね。当時15歳で銀行から借入しようと思っても、銀行ってお金を当然貸してくれません。今でも15歳の起業家に銀行はお金を貸さないと思うのですが、現在だとベンチャーキャピタル(VC)やクラウドファンディング、特に株式型クラウドファンディングなど、エクイティでお金が集めやすいんです。しかし、17年前は全くお金を集めることができなかった。なので、事業の立ち上げには苦労しました。環境の違いでは資金調達のしやすさが一番の違いだなと思っています。

起業の内容に関しては、SEOの事業を行っておりました。当時17年前はインターネットが活用され始めてきたタイミングです。ちょうどインターネットの波に乗せ、ビジネスの軌道に乗せることができました。

ーーはじめての起業への思いと、現在の起業への思いはやはり変わりましたか?

正田:一番最初に起業した時は、特にやりたいこともなく。単純にお金稼ぎをしてみたくて、そこでたまたま自分の周りにSEOのノウハウを持っている人が多かったので、それを事業化していったんです。当時SEOの会社ってまだ1社ほどしかなかったんです。アウンコンサルティングさんという会社だけで、しかもその会社が上場したのを見て、「これは急げば史上最年少上場できるんじゃないのか?」と思ったんです。ただ、そんなうまくはいかなくて。史上最年少上場は難しかったですね。そこから、IPO路線ではなく売却という道を選びました。

ーー実際、いくらほどで会社は売却されたのですか?

正田:19歳の時に売却したんですね。うちはSEO事業とホームページ制作業の2つをやっていたので、この2個をバラバラに売却して、合計1億数千万で売却したという感じです。一応売却としてはそんな大きな額ではありませんが、当時の19歳にしては1億5千万は大きかったんですね。

起業の環境、きっかけと思い。2

野村:私は2015年の11月、ちょうど3年前に開業しました。実はその時は起業しようと思って開業したわけではなかったんですね。元々ぼんやりと結婚して、子育てが落ち着いた頃に、何か自分で家庭のこともやりながら何か仕事ができたらいいなという気持ちは持っていたのですが、なかなか結婚できなかったんです。

じゃあ頑張って司法試験でも受けようかなと思って、予備試験という、法科大学に行かなくてもいい司法試験の勉強を2年ぐらいしていたんですね。2年目の試験で、3点ぐらい足りなくて落ちてしまって、もう仕事辞めて試験に専念しようと思い、3万弱の賃貸を借りたんです。そこで勉強しながら、すでに持ってた行政書士の資格で事務所をやりながら勉強することにしました。その開業パーティーをきっかけにお客さんが付くようになり、気付いたら起業してましたという感じです。経営理念のようなしっかりしたものはないのですが、こんなことをしたいなというイメージはある程度あったので、それが実現した感じです。

三宅:15歳の時、まだ高校生だった頃は、マクドナルドでバイトしながら学校へ行って、家でインターネットのホームページ作ったりしていました。当時はホームページを作ってもらえるところがどこにもなかったので、自分で作るしかなかった。なんでそんなことしてたの?というのは環境の要因があって。僕が中学校2、3年の時に親がリストラに遭ってしまって、もうだんだんお金がなくなっていくのを目の当たりにしながら生活していました。最終的に冷蔵庫の中にキャベツ1個しかなくなり、「これはあかんな」と。それでほんまにやるしかないと、やっていかんと、という単純なところですね。

多種多様なビジネスの成功、そして失敗

多種多様なビジネスの成功、そして失敗

ーー起業前や起業間もなくのフェーズで、「失敗したな」「成功したな」という、失敗成功談をお聞かせください。

正田:起業した時の一番大きな失敗をした時は、23歳の頃に事業を多角化しまして。メインは広告代理店の時期があったのですが、不動産投資や飲食店もやっていました。事業を多角化したタイミングで、一気に景気が悪くなってしまって、どの事業もうまくいかなくなってしまったんです。なるべくワンプロダクトに絞れとまでは言いませんが、多角化しすぎるのはよくないとその頃思いましたね。

ーー金額的にも大きかったのですか?

正田:一番調子が良かったのが22か3の歳で、会社の年商が35億だったのですが、翌年に10億以下になってしまいました。不動産投資の痛手がけっこう大きかったので、店や事業をどんどん売却して借金の返済に充てる、みたいな時期がありましたね。たった1年で、すってんてんに近い状態になっちゃいました。

ーーそこまでの状態になってもまだ、ビジネスを続けられたモチベーションはどこにあったのでしょうか。
正田:疲れ果てしばらく事業はいいや、とゆっくりしていたら、偶然今のうちの嫁と出会いました。嫁が20歳の時に自分でアクセサリー屋を始めていてですね、そのアクセサリー屋が日本で知名度が出てきて、百貨店の店舗でも売れ始めたタイミングに、事業拡大にあたっての財務的な観点や、ネットショップの運営を手伝っていたんです。その嫁の仕事を手伝ったことが、仕事復帰した一番最初の仕事でしたね。

そのアクセサリー屋は伸びたあと、売却しています。子供が生まれて、ちょっと落ち着いたタイミングで次また何をやるのか話し合って、今のM&Aの会社に落ち着きました。現在は共同代表という形で夫婦で経営しています。

野村:ビジネスは今一人でやっています。元手のいる事業でもないため、特に大きな失敗もありません。ただあるとすれば、人と関わる仕事ですので、そのお客さまとのコミュニケーションですね。価値観の合わないお客さんと接していると、自分の精神的なところがやられてしまいます。気持ち、価値観の合わないお客さんと接してることによって自分の気持ちがダウンして、そのリカバリーに時間がかかったり、時間を損してしまうことが、今思いつく失敗です。

多種多様なビジネスの成功、そして失敗 2

三宅:失敗だらけで、本当に。リスクヘッジが僕はできないタイプで、目の前にチャンスがあるとすぐ突き進んでしまうので、数え切れないほどの失敗が……(笑) 例えば、1週間前に行った仕入先が1週間後に訪問したらもう潰れていたとか。ずっと個人で、インターネットを使ってジーンズを販売して来たのですが、モチベーションの維持が凄い難しいですね。また今日も同じことをせなあかんなと。飽きちゃうんですね。去年、自社のブランドを立ち上げてから、いろんなところに顔出しに行くようになってからは、モチベーションが特に下がることがあんまりないといいますか、いろんな方に刺激をいただけています。

持続可能な開発目標「SDGs」とビジネス

持続可能な開発目標「SDGs」とビジネス

ーー最後の質問です。これからのビジネスを考える上でひとつキーワードとなるのが「SDGs」です。SDGsとは、国連が定めた世界が2030年までに達成すべき17の環境や開発に関する国連の目標のことを指しています。持続可能な開発目標、Sustainable Development Goalsの略称で「SDGs」と呼びます。

持続可能な開発目標「SDGs」とビジネス 2

我々青年会議所としても、来年からSDGsに対しての取り組みが加速していきます。すでに世界では投資家がこのSDGsの取り組みをしていない大企業への投資をやめ、株価が落ちるなど、企業は必ずSDGsへ取り組みをしなければならないといった風潮になっています。

SDGsのビジネスは12兆ドルの市場規模があると言われており、これから起業する皆さんにはぜひSDGsを意識した事業の展開をおすすめさせていただきます。この「SDGs」というキーワードでディスカッションをしていきたいです。

正田:SDGsを聞いたのは今日が残念ながら初めてです。なのでそれに対する意見を述べるのは難しいのですが、実は海外で事業を興したこともあります。嫁がやっていたアクセサリー屋は、元々ニューヨークとL.A.のブランドの独占販売サイトでしたので、アメリカに行く機会も多かったんです。また、税理士法人を経営してた頃は、香港とシンガポールに拠点を作って、海外進出支援をやっていました。ただ香港、シンガポールは正直微妙だなと思っていまして、税金が安い安いと言いながら、意外と税金が高くついてしまうんです。

それよりもアフリカですね。僕の知り合いがアフリカに進出していまして、アフリカ市場の話は今よく聞きます。アフリカでは単純なビジネスがめちゃくちゃ成長するみたいでして、友人が出資しているガーナにあるパイナップル屋の会社が、この10年で年商300億まで育ったらしいんです。原価10円のパイナップルがヨーロッパでだいたい1,300円で売れるんです。ガーナからヨーロッパまで空輸で6時間ほどで届くので、安いコストで生産して、ヨーロッパに即時に届けることで成長している企業は数多くあります。日本で重箱の隅をつつくビジネスよりも、アフリカで農業やったほうが儲かるんじゃないかとその友達は言っていました。確かに、アフリカはまだまだチャンスあるんだろうなと最近思いましたね。

持続可能な開発目標「SDGs」とビジネス 3

野村:私たち個人事業主からはあんまり関係ないように思えてしまうのですが、個人的には持続可能な発展目標と捉えております。実際に中身を見てみると、個人や小規模の企業でもできることが書いてあります。

私の場合、女性に法的なサポートを身近にしていきたいという気持ちが起業の原点にありましたので、「ジェンダーの平等」の実現に貢献することができます。行政書士としての仕事も続けながら、これから経営者の奥さんのサポートに関するプラットフォームを作りたいなと思っておりまして、法的なサポートも含めながら、家事のシェアシステム、そして女性への法教育、こうしたことを進めていけたらなと思っております。

三宅:基本的に矛盾してると思うんです、SDGs自体が。それは各項目をすべて達成しようとすると、それぞれが邪魔しちゃうんです。それは、そもそも日本の仕組み自体が古すぎるからです。日本の仕組み、考え方をそもそも一新していかないと、多分これって達成できないと思います。クラウドファンディングにしてもそうですけど、いま時代が変わってきてるんです。将来的には小学生であっても、中学生であっても、クラウドファンディングで資金を集めることができるので、「何をしたいか」が先行したビジネスが増えていきます。こうした時代の変化をしっかり捉えてやらないといけない。国連の方々が勉強されて作成された目標だと思うのですが、グローバルにインターネットで世界がつながっていかないといけない時代の中で、日本の課題は上の考え方をそもそも変えていかないといけない、というところかなと思っています。

ーーこれにてパネルディスカッションを終了します。ありがとうございました。