前回のヒットを超えること。「生協の白石さん」からゲーム、そして「恋愛」に挑む上條景介に迫る

前回のヒットを超えること。「生協の白石さん」からゲーム、そして「恋愛」に挑む上條景介に迫る

2018年は374億円、5年後の2023年には852億円規模の市場になると予想されるマッチングアプリ市場。(マッチングエージェント調べ)

国内大手の「Pairs(ペアーズ)」「タップル誕生」をはじめ、海外勢の「Tinder(ティンダー)」など、各マッチングアプリがしのぎを削る中、2017年11月に北米から逆輸入されたサービスが「Dine(ダイン)」だ。「デートにコミットするマッチングアプリ」というキャッチコピーの通り、ただマッチするだけでなく、その後の出会いの場を提案してくれるサービスで、累計1.9億円の資金調達を行っている。

そのサービスを率いているのが株式会社Mrk&Coの上條景介氏。学生時代には社会的にもブームになった「がんばれ、生協の白石さん」のブログを運営していたという上條氏に、創業までのストーリーと、「Dine」の今後の展開についてお話を伺った。

株式会社Mrk & Co 代表取締役CEO上條 景介氏のプロフィール

株式会社Mrk & Co 代表取締役CEO上條 景介氏のプロフィール

 

上條 景介(かみじょう けいすけ)(Twitter:@kamijovi

株式会社Mrk & Co 上條 景介
株式会社Mrk & Co 代表取締役CEO
東京農工大学工学部卒業。​大学在学中にブログ「がんばれ、生協の白石さん!」開設。書籍化された同作は発行部数約100万部の大ヒット。 2008年、株式会社ディー・エヌ・エーに入社。社内新規事業立案制度で優勝​、社長室に配属。ソーシャルゲーム事業の立ち上げに参加し、DeNA初のソーシャルゲーム「海賊トレジャー」をリリース。その後、カナダスタジオ立ち上げのためバンクーバーに赴任。​2015年、DeNAを退職し、株式会社Mrk&Coを共同創業。2016年​「​デートにコミット」したデーティングアプリ「Dine」(ダイン)をアメリカとカナダでローンチ​され大きな話題に。2017年11月に日本でもリリースされ、ユーザーが加速度的に増加。

 

インタビューアー:正田 圭 (まさだけい)(Twitter:@keimasada222

TIGALA株式会社 正田圭
シリアルアントレプレナー
15歳で起業。インターネット事業を売却後、M&Aサービスを展開。事業再生の計画策定や企業価値評価業務に従事。2011年にTIGALA株式会社を設⽴し代表取締役に就任。テクノロジーを用いてストラクチャードファイナンスや企業グループ内再編等の投資銀⾏サービスを提供することを目的とする。2017年12月より、スタートアップメディア「pedia」を運営。
著書に『サクッと起業してサクッと売却する』『ファイナンスこそが最強の意思決定術である。』『ビジネスの世界で戦うのならファイナンスから始めなさい。』『15歳で起業したぼくが社⻑になって学んだこと』(いずれもCCCメディアハウス刊)、『この時代に投資家になるということ』(星海社新書)がある。正田圭 のnoteはこちら

情報発信の楽しさ。高校新聞から「がんばれ、生協の白石さん」へ

情報発信の楽しさ。高校新聞から「がんばれ、生協の白石さん」へ

ーー社会的なブームにもなった「がんばれ、生協の白石さん」。書籍化もされたこのブログはどのような背景があって開設されたのでしょうか。

もともと情報を発信することがすごく好きでしたし、それが自分の特技だと思っていました。いまから15年前、当時大学2年生ですね。ブログが出てきたばかりの頃で、アメブロがまだない、ライブドアブログがスタートして、当時はFC2やSeesaa(シーサー)が流行っている、そんな時代でした。今のTikTokのような、「これからブログの時代がくるんじゃないか?」という空気感が当時ありました。

ホームページを作っていた時期もあったのですが、「これからブログの時代になるのであればブログでちゃんと文章を書こうか」と思い立ちまして、4つほどブログを運営していました。当初は自分の考えをそのままブログで書いていたんですけど、全然当たらなかった、ヒットしなかった。「なんだ、ブログつまんないじゃん」と思い始めていた頃、農工大学の生協からの一言コメントがすごく面白い!とサークルの中で話題になっていまして。読んでみると確かに面白くて、これをブログを使って日本中に広めたらどうなるんだろう、というところから始まったのが「がんばれ、生協の白石さん」ですね。

ーー情報の発信が好きだと初めて気付いたきっかけを教えてください。

高校時代の新聞部ですね。小学校から高校の中盤くらいまではずっと音楽をやっていたのですが、音楽の才能がまったくないことに気付いたんです。そこでちょうど人手が足りてなかった新聞部から声が掛かり、「人が足りてないから、お前編集長やれ」といきなり言われて(笑)とりあえず編集長をやることにしたのですが、どうせやるなら本気でやろうと思い始め、高校新聞の甲子園「全国高校新聞コンクール」での優勝を目指すことにしました。

毎年予選落ちの新聞部だったのですが、1年ほど本気で取り組んだ結果、高校3年の年に全国2位になり、朝日新聞から表彰されたんです。ここで気付いたんです、情報の発信って面白いなと。大学でのブログ運営も媒体が変わっただけで、その本質は変わっていませんでした。

ビジネスをまず学ぶために。DeNAへの就職と子会社配属

ーー「がんばれ、生協の白石さん」をクローズして、DeNAに新卒入社されたのはどういった判断からだったのでしょうか。

(ブログ活動は)長く続けられるものではないと思っていました。一個人の方を取り上げるブログで3年も続いたので、いったん区切りを付けることにしたんです。ブログ活動はお金を稼ぐためにやっていた訳ではなく、ただ好きだった情報発信の延長でヒットして、たまたま本が売れただけでしたので、自分で商売をしたことがなかったし、どうすればいいのかやり方もわからない。会社って何やるの?起業するって?という状態でした。

「だったら、まずはビジネスを学ぶ必要がある」というのが当時の僕の判断でして、そのとき一番最適な会社はどこか、そして20代後半で起業することを考えた末に、DeNAに就職しました。当時のDeNAは「モバゲー」ができたばかり、初めて配属された部署はオークションサービスの「モバオク」でした。開発、プログラミング以外の「モバオク」のサービス全般はなんでもやる感じでしたね。

ーーそこからキャリアの大きな転機になったことがあれば教えてください。

本当は営業部に行きたかったんです。当時は営業マンの仕事ができれば、つまりモノを売ることができたらなんとかなるだろうと思っていました。ただ人事部長から「お前は営業に向かない」と言われてしまい、「モバオク」に配属されました。

ただ、「モバオク」という子会社に配属されたからこそ、40~50人の同期の中で一番目立たないと、そのあとのキャリアの可能性が閉ざされると思ってしまったんですね。新卒1年目で1位にならないと意味がないと。じゃあどうしたらいいんだ?と考えた上で、社内新規事業コンテストで一番を取ることにしました。「モバオク」の仕事を夜中1時ぐらいまでこなして、そこから新規事業コンテストについてミーティングする、そんな時期でした。時間もかけたし、緻密に考えていたこともあり、優勝させていただくことができまして。南場さんにも認めていただいて、そこから社長室に異動したのが、今思えば大きな転機でしたね。

ーーちなみに、その時提案された新規事業というのは?

飲食店やバーに置いてもらうアーケードゲーム機みたいなものですね。お客さん同士が気軽にコミュニケーションできるという内容だったのですが、まぁ、今考えるとないな……と(笑)

社長室からソーシャルゲーム事業へ

社長室からソーシャルゲーム事業へ

ーー社長室ではどのような業務内容だったのでしょうか。

40代の先輩と一緒に4人ぐらいのチームを作り、事業の立案や育成を行っておりました。様々な事業を検討していたんですけど、結局いつも社長決裁で差し戻されてしまって。

新卒2年目の初め、経営陣の中でソーシャルゲーム事業を立ち上げることが決まり、翌日からソーシャルゲームの開発を進めることになりました。社内から10人ぐらい集められまして、それぞれ2人1組になり3カ月でゲームをつくることになりました。そこで制作したゲームが「海賊トレジャー」でした。

ちなみにゲームなんて作ったことないし、そもそもちゃんとプレイしたこともないんです。親にゲーム買ってもらえなかったタイプなので(笑)

ーーMrk&CoのCTOをやられている森岡さんと初めて会ったのがこのタイミングだったんですね。

森岡は一番ヒットしたゲーム「怪盗ロワイヤル」のチームでした。「怪盗ロワイヤル」だけは4人のチームだったんですけど、うち2人が新卒で、その新卒の唯一のエンジニアが森岡でした。

ーーはじめてのゲーム開発で一番苦労されたのはどういった点だったのでしょうか。

僕らのチームは本当に3カ月で作ったんですけど、まったくヒットしなかったんです。その1, 2ヶ月後にローンチした「怪盗ロワイヤル」が一気にヒットしまして。ちょっと悔しいなと思い、「海賊トレジャー」のローンチから1, 2ヶ月で、一度サービスのアップデートを停止し、内容を全部変えるため再開発することしました。同じゲーム名で全然違うゲームになったんです。

今でこそ、サービスのリニューアルって普通ですが、おそらく世の中で最初にソーシャルゲームをローンチして、すぐにリニューアルしたゲームは僕らだと思います。リニューアルしたゲームは結構な売り上げをつくることができました。そこから退職まで、6, 7年間ソーシャルゲーム事業に携わることになります。

ーーその後、北米向けのゲーム開発を行う「DeNA Studios Canada(以下、カナダスタジオ)」へ異動されたと。

日本で北米向けのゲームを作ってもヒットしないよね、という話が当時ありまして。じゃあ北米子会社の傘下で開発スタジオを作って、そこから北米向けのゲームを作っていくことになりました。自分はプロデューサーとしてチームを作ることになり、例えばNFLのゲームなどを担当しました。

ーー北米での反響はいかがでした?

全然ダメだった訳ではないのですが、大ヒットはしなかった。そもそもDeNAの事業として北米向けのゲームはほとんど流行らせることはできませんでした。

ーー北米市場ならではの難しさはどのような点にあったのでしょう。

やっぱり感覚違うんです。例えば、日本だと当時ガチャがすごい流行っていたので、それを焼き直して、NFLやガンダムのゲームにガチャを導入してみようという戦略もあったんですけど、結局受け入れられることはありませんでした。「Candy Crush(キャンディークラッシュ)」や「Clash of Clans(クラッシュ・オブ・クラン)」といったゲームがずっと王者、ここには勝てなかった。

プロダクトがヒットするともっと楽しい

プロダクトがヒットするともっと楽しい

ーーソーシャルゲーム事業からMrk & Co創業について教えてください。

ちょうど30歳になりそうなタイミングで、何か自分で事業をやろうと思い、カナダにいる時点からいろいろ準備をしていたんです。北米から一度帰ってきて日本で登記し、2015年に創業しました。何をやるかいろいろ考えていた事業モデルのうち、1個のアイデアが今の「Dine」でして。

実はカナダスタジオにいながら、遠隔で日本にいた森岡と、あと数名を誘って、開発し始めていました。日本に帰任し、DeNAの新規事業の部署で、いくつか新規事業を提案、立ち上げを半年ぐらい行っていました。その仕事の片手間に開発していたのですが、プロダクトが全然進まなかったんです。

森岡は当時フリーランスのエンジニアとして仕事をしており、「Dine」は片手間の開発でした。やっぱり片手間と片手間が集まっても、何も進まないことがそこで分かったんです。そこで森岡と話しまして「フリーランスをするのはもう飽きていて。金は稼げるけど、1人だとやれることに限界がある」と言われたんです。「じゃあ、もう2人でやろうよ」ということで、2人同時にフリーランスと会社員を辞めて創業、そこからもう一度仕切り直しで「Dine」を開発し直すことになりました。

ーーそもそも起業にあたり、どのような思いで始められたのでしょうか。

一番何をしていて楽しいだろうかと考えたとき、プロダクトを作っているときだなと思ったんです。そして、そのプロダクトがヒットするともっと楽しい。「がんばれ、生協の白石さん」や「海賊トレジャー」も、成功もあれば多くの失敗もあるなかで、人生を通して10個ぐらい「ヒットしたな、これ!」というプロダクトを作りたいんですよ。そして、似たようなヒット作を10個つくっても全然面白くないので、必ず前回のヒットを超えるようなプロダクトを作りたいというのが僕の中にあります。今、おそらく3、4段階目ですが、引き続き挑戦をしているという意識ですね。

アメリカ・カナダからはじまった「Dine」の戦略とマッチングアプリ市場

ーー当時のマッチングアプリ市場をどういった目線で見られていたのですか?

「Tinder(ティンダー)」がリリースされたのが2013年、その勢いを北米で肌で感じていました。「Tinder」は僕らの中では「カジュアルマッチング」というカテゴリーに分類しているんです。マッチングアプリには第一世代、第二世代、そして第三世代があります。

アメリカ・カナダからはじまった「Dine」の戦略とマッチングアプリ市場

第一世代のマッチングアプリでは、例えば身長や血液型、年収、趣味といった相手に求める条件をユーザーが検索して、その条件に完全に合致した人だけをリスティング、ユーザーはその人たちへメッセージを送ることができる、というものでした。これを「検索型マッチング」と呼んでいます。1995年にローンチした「Match.com」がこの世代にあたります。この「Match.com」が今のマッチングアプリの原型を作ったと言っても過言ではありません。

第二世代である「Tinder」が大きく違うのは、その条件を入力するフォームを一切なくしたことなんです。これを「カジュアルマッチング」と呼んでいて、相手の写真がどんどん出てきて、それを右へスワイプで「LIKE」、左スワイプで「NOPE」するだけ。要はただ見せられた写真を、いいか悪いか判断するだけです。より婚活や恋活を意識しない、カジュアルな出会いのニーズを掘り起こしたんです。

これがアメリカで爆発的にヒットしていまして、明らかに伸びていることが現地の肌感覚で分かったんですね。実際数字的にもユーザー数が増えている状態だったのですが、自分がカナダで「Tinder」を使ったとき不満に思ったのが、そのマッチングした「あと」なんです。

「Tinder」は気軽にマッチすることができるのですが、結局そこからデートや食事に誘うとき、その誘いのメッセージをいかにユーモアあふれるいい感じにできるか、これが難しいんです。特にアメリカではユーモアセンスが重要で。でも、自分は英語ネイティブじゃないから、そんな気の利いたことは言えないわけですよ。真面目に「Hello」とか「How’s it going?」ぐらいしか言えない。そうなると全然会えないんです。

そこで「マッチした相手と共通の目的意識を持つものがあったら、もっと楽なのに」と考えました。アイデアのヒントになったのは、カナダ在住の日本人が使っていたネット掲示板です。そこではよく「中華料理を食べに行きませんか」とか「スキーに行きませんか」とか、匿名にも関わらず、掲示板でお誘いするとみんな来てくれるんです。当時それで現地の友達をつくっていたので、これを「Tinder」と合わせれば絶対上手くいくのでは、という発想です。「Tinder」と日本人掲示板、この2つから「Dine」は着想を得ています。

第二世代のカジュアルマッチングの、マッチしたあとのメッセージ続かない、面倒くさい、という課題を、今僕らは解決しようとしています。僕らはこれを「第三世代」と呼んでいまして、この市場を確立しようと今画策しているところですね。

ーー「Dine」はアメリカ、カナダでまず展開されました。その判断にはどのような判断があったのでしょうか。

「Dine」は第三世代のマッチングアプリを謳っているので、第二世代のアプリが流行ってないところでは第三世代は流行らないんです。僕らが創業した2015年の日本はまだ「ペアーズ」が出てきたばかり。「Tinder」は誰も使っていませんでした。おそらくまだ「Dine」は流行らないだろうと判断し、「Tinder」の不満が顕在化してきたアメリカとカナダの北米市場でまずスタートしようという、ロジカルな判断です。

その一方、感情的な判断もあります。カナダで3年間、いろいろトライしてきたのに、大ヒットを出せていなかったことが悔しかったんです。次こそ絶対ヒットを出してやると思いまして、まずは自分の金でやるし誰にも迷惑かけない。じゃあ一番リスクが高くて、一番リターンが大きい北米市場から攻めようかと考えたんですね。

狙うのは合コンからのリプレイス

狙うのは合コンからのリプレイス

ーー2017年、1.5億円の調達に合わせて、日本版をリリースされました。

日本のマッチングアプリ市場を見ていたら、想像の3倍ぐらいのスピードで立ち上がっていると感じたんです。特に留学帰りの大学生を中心に、今「Tinder」が若者の間で流行っているんです。早慶の大学生に聞くとみんな「Tinder」を使っている。アメリカが20年かけて出来上がった市場が、今日本ではたった5年でキャッチアップしようとしているんですね。それを受け、調達を検討している際に北米市場でのブーストと日本市場のローン、この両方にお金を使おうと思い、無事調達したのが2017年の11月頃ですね。

ーー調達の際に苦労されたことはありましたか?

どんな調達でも、このシードとシリーズAの中間値の調達ってすごい難しいと思うんです。数値は出ているといっても、立証された数値でもないし、かといってビジョンを固めるためのお金でもない。また、僕ら特有の苦労ポイントとして、マッチングアプリって知らない人からするとまだ「出会い系」のイメージなんですよ。新興VCは大丈夫ですが、昔からある事業会社にお願いしにいくと、取締役会で落とされてしまうんです。「え、何その怪しいサービス」と思われてしまうんですね。そこでダメになってしまうケースが何回かありました。

ーー日本での「Dine」の競合はどこになるのでしょうか。

僕らの競合は「ペアーズ」ではないと思っています。マッチングアプリが好きで、婚活している人は「ペアーズ」に行きます。「Dine」が奪いたい市場って、「合コン」なんです。合コンって、単純な恋愛目的だけではなく、いい出会いを見つけるためにやるものです。

しかし、よくある3対3の合コンって非効率だと思うんです。やはり1対1じゃないと、自分の魅力って伝えきれない。そこで、「Dine」のほうが合コンよりもいい人が見つかるし、これからの時代に合っているんじゃないかと考えています。

「忙しいけど恋愛がしたかったら『Dine』だよね」

「忙しいけど恋愛がしたかったら『Dine』だよね」

ーー今後の「Dine」のマーケティング戦略を教えてください。

現段階では、僕らのメインターゲットは25歳以上のビジネスマン、キャリアウーマンという忙しい人たちです。まずはこの忙しい人たちのニーズは全部取り切りたいと思っています。「忙しいけど恋愛がしたかったら『Dine』だよね」という立ち位置を狙っています。

ーー最後に上條さんが今後やっていきたいことを教えてください。

正直に言うと、「Dine」が今後どうなっていくか、僕も分からないです。事業をやっていくなかで、どんどん新しい課題が見えてくるじゃないですか。それがこの3年間でより大きい課題になってきていると思っています。日本市場はまだ1年ですが、小手先の課題ではなく、大局的に解決していかなければならないものが順番に見えてきています。

そもそも恋愛っていいことだと思うんですよ。恋愛で人が幸せになるし、勉強することもある。将来的には子どもを持ち、家庭を持つことだって。この恋愛をよりよくするために「Dine」ができることがあれば、すべてやっていきたいなと思っていますね。

ーー読者にメッセージがあればお願いします。

起業家の読者さんには「Dine」をまずは使ってもらいたいですね。実は起業家は「Dine」のターゲットですし、起業家のユーザーさんがかなり多いです。仕事ばっかりしているから、起業家は忙しいし、わざわざメッセージしている時間なんてない。でも、だからといって出会いなく仕事をしてると、それはインプットが少なすぎです。新しいインプットを得るために、感情的刺激を得るために、やっぱり恋愛はしていたほうがいいと思います。

あと宣伝になってしまうのですが、Mrk & Coでは今COOを募集しています。マネージメントができる方がいらっしゃったら、僕のFacebookまで直接ご連絡ください!

上條 景介のFacebookはこちら

ーーありがとうございました。