データ活用がプロ野球界を劇的に変える!スモールデータのビッグデータ化で一人ひとりの選手に合わせたトリセツ『BACS』を開発…中尾代表が語る、國學院大学神事助教との出会い

Pedia Newsでは、株式会社ネクストベースの代表取締役である中尾信一氏と、取締役 エグゼクティブ・フェローであり國學院大學人間開発学部の助教をつとめる神事努氏にインタビューを実施し、起業から今後の展望までを伺った。

2003年に原作がベストセラーとなり、2011年に映画化された『マネーボール』をご存知だろうか。年俸総額がニューヨーク・ヤンキースの3分の1以下であったオークランド・アスレチックスが、野球における不公平な資金格差のゲームに勝つべく、出塁率をはじめとする、これまで誰もが見向きもしなかったデータを、独自の統計学で分析し、選手評価や戦略に応用する手法を用いることで、貧困球団を強豪へと押し上げた様子を描いた物語である。タイトルからもわかるように、マネーゲームの考えをスポーツの世界に持ち込んでおり、野球に限らず、様々なスポーツの現場でデータ活用の促進を導いた作品でもある。ただ、マネーボールの内容のほとんどは、2003年以前のものを取り扱っており、今ではこの指標を使っても、もはや効果が期待できないだろう。

プロ野球を変える「データ活用」の波が押し寄せる。日本の野球業界を、ITとスポーツの力を融合させることで、全てのアスリートに技術革新(イノベーション)をもたらせようとするベンチャー企業がある。それが「ネクストベース(NEXT BASE)」である。

Pedia Newsでは、株式会社ネクストベースの代表取締役である中尾信一氏と、取締役 エグゼクティブ・フェローであり國學院大學人間開発学部の助教をつとめる神事努氏にインタビューを実施し、起業から今後の展望までを伺った。

ネクストベースは、2014年に設立された会社。代表取締役である中尾氏は、小さい頃から野球少年で、長嶋茂雄氏と同じ千葉県立佐倉高校・立教大学の出身である。立教大学野球部では横浜DeNAベイスターズ川村丈夫氏、広島東洋カープ広池浩司氏、オリックス・バファローズ早川大輔氏らと共にプレー。しかし、大学時代に肩を壊したことを契機に「ビジネスで勝負したい」と思い、日本電信電話(NTT)へ入社。2008年には、ITベンチャー企業ニューフォリアで取締役副社長として新規ビジネスに従事し、2012年からW3C(World Wide Web Consortium)のメンバーもつとめた。その後、2014年にネクストベースを創業する。

**2012年頃からアメリカを中心にIoTやセンサーデバイスなどが普及したことを受けて野球にも応用した事例が出始めていました。大学の時に肩を壊して選手としてはその先には進めませんでしたが、子どもの頃から慣れ親しんだ野球に対してビジネスで貢献したいと思い、ネクストベースを創業しました。**

**創業してから2年半は、生体データに関する共同開発やWebサイトの受託開発などをしながら、自社開発をどうしようかと見極める期間でした。創業まもなく大学の一学年下の慶応大学野球部の木下さんに出会いました。慶應大学野球部では読売巨人軍の高橋由伸監督と同期で副キャプテンの4番バッター、しかもベストナインを2度も獲った選手で、大学卒業後に三井物産に進み、中国・米国等での業務に従事、その後に転身したサニーサイドアップでは中田英寿氏を始めとして多くのアスリートをサポートした経験の持ち主でした。木下さんとは野球の話が尽きず、特に野球界の将来の話では意気投合しました。**

**そして、2015年末頃に、木下さんとスポーツアナリスト協会の野球セミナーに参加し、ボールの回転についてマニアックな講演をしていた神事さんと出会いました。自分は投手目線、木下さんは打者目線でこの話にもの凄く興味を持ち、すぐにまた会いたいということで神事さんにアポを入れました。それから神事さんとお話をしていく中で、ITをはじめとしたビジネスにもデータサイエンティストが必要であるならば、野球業界でもデータサイエンティストを育てようと盛り上がり、野球業界でデータ活用するビジネスをはじめることになりました。**(ネクストベース 代表取締役 中尾信一氏)

神事氏との出会いが、中尾氏と木下氏の野球にビジネスで貢献したいという願いを現実のものにした。神事氏は中京大学体育学部出身であり、バイオメカニクスを専攻し、中京大学大学院で博士号を取得。2007年より、国立スポーツ科学センター(JISS)のスポーツ科学研究部研究員として従事し、北京オリンピックでは女子ソフトボール代表チームをサポート。2015年4月より、國學院大學人間開発学部で助教をつとめる。投手の動作解析を中心とした研究で、第18回日本バイオメカニクス学会奨励賞、第55回東海体育学会奨励賞、日本バイオメカニクス学会優秀論文賞、秩父宮記念スポーツ医・科学賞奨励賞を受賞する。

**これまで野球のデータ活用といえば、統計学を用いていましたが、僕の研究では数学、力学、解剖学などを用いながら、野球のボールの回転をバイオメカニクスの観点から研究しています。**

**2006年にSports Biomechanicsという雑誌で、実際の投手がどのような回転でボールを投球しているのか発表しました。ボールの回転速度を実測したのが初めてなことでもあり、日本バイオメカニクス学会優秀論文賞を受賞しました。当時、アメリカでは、1959年に発表された研究内容がバイオメカニクスの教科書に掲載されていました。その研究内容は、現在のように高性能なビデオカメラもなければ、空気抵抗も考慮しておらず、ボールに紙テープを巻いたものを投げて紙テープのよじれからボールの回転数を測定しており、非常に原始的な方法でした。ボールの回転数については、それ以降世界的にも論文が発表されていませんでした。**

**国立スポーツ科学センターでは、北京オリンピックで金メダルを獲得した女子ソフトボール代表チームや、アメリカ代表チーム、卓球などでボールの回転数を見てサポートしました。スポーツには球技のものが多いので、ボールの回転数とスポーツは非常に相性が良いのですよね。**

**2015年より國學院大學に勤務していますが、2014年はちょうど楽天イーグルスが日本で初めて「トラックマン」の仕組みを取り入れるなど「データ活用」の導入時期でもありました。トラックマンは、米軍の迎撃ミサイル「パトリオット」の開発で⽣まれた追尾技術を⺠⽣利⽤したデータ解析システムであり、ボールの回転数や回転軸をはじめとしたデータの取得が可能です。アメリカではメジャー30球団で導入されていますが、当時の日本ではまだ導入されておらず、楽天イーグルスが初めて日本でトラックマンを導入することを決めていました。**

**そこで、僕の研究にも非常になじみがよかったので、2014年より2年間楽天イーグルスで実証させていただきました。楽天イーグルスでは、コーチや監督だけではなく、選手に自分で分析結果を使ってもらえるように、毎回試合後にデータ解析結果のレポートを渡していました。はじめは受け入れてもらえない部分も正直ありました。しかし、選手や指導者とのコミュニケーションを取っていく中で、徐々にデータを使いこなせるようになってきました。いくつかの苦労はありましたが、多くの選手が自分自身を知るためには欠かせないツールとなっていきました。本当に嬉しくてやりがいを感じましたね。**

**そうすると、もっといろんな人にデータ活用の旨味を味わってもらいたいと思うようになり、僕の中で、ひとつの球団だけではなくスポーツ界全体のためにデータ活用を進めたいという想いが少しずつ強くなって、FA宣言をしてネクストベースにジョインしました。**(ネクストベース 取締役 エグゼクティブ・フェロー/國學院大學人間開発学部助教 神事努氏)

ボールの”キレ”や”伸び”とは何か。その正体を、トラックマンでは、ボールの回転数、回転軸、軌道、球速、スピンレート、球種分類、打球の軌道、高さ、滞空時間から自動で計測する。回転数の変化を見ることで、投手が疲れてきたタイミングがわかる他、さらには、リリースポイントの変化を見極めることで、ケガの予防にもつながると言われている。

日本のプロ野球界では、2014年より楽天イーグルスが導入し、その後2015年シーズン中に、横浜DeNAベイスターズ、福岡ソフトバンクホークス、オリックス・バファローズ、2016年シーズン中には埼玉西武ライオンズ、北海道日本ハムファイターズが導入しており、その他の球団では導入検討が進められている。その一方で、データ解析を行えるアナリスト人材およびそのデータに基づくコーチング人材が圧倒的に不足している。

そこで、ネクストベースでは、日本のプロ野球界のデータ解析を支援するために、プロ野球界におけるデータ解析の第一人者でもある神事氏のノウハウをもとにアルゴリズムを構築し、データ解析システム「BACS(Baseball Analytics and Coaching System)」を開発する。

BACSでは、トラックマンによるボールのキレや伸び等の数値化と、進化した動作解析技術を活⽤し、日々の試合における投手の投球内容のレポートや、戦力強化のためのスカウティングなどの機能を提供することで、シーズンを通した戦⼒強化をサポートする。これにより、これまで長年培われてきた経験と勘を使っていた主観的なコーチングから、選手が自らデータを活用した客観的なセルフコーチングを行えるようになる。

**「だれのためのデータであるか」を意識する必要があります。これまで学会などでデータに強いリテラシーの高い方々を中心に研究成果を見せていましたが、BACSでは選手やコーチといったフロントの方々に見せていきます。これは僕にとっては非常に新しい観点です。学会であればデータを見せるだけでわかりますが、現場ではデータを翻訳して文字の情報に落とし込むことが重要です。「難しいものをかみくだいて正しくわかりやすく伝えるためにはどうすればいいか」をかなり試行錯誤しています。**(ネクストベース 取締役 エグゼクティブ・フェロー/國學院大學人間開発学部助教 神事努氏)

当初、BACSは、プロ球団向けに提供を開始するが、将来的にはアマチュア野球界をメインに提供していきたい考えだ。また、ビジネスモデルはB2Bサブスクリプションモデル。価格は年間2000万〜5000万円と少し高額ではあるが、専門のアナリストを数名雇う必要があることを考えると、リーズナブルな価格のように思える。

**日本はスポーツと教育が深く結びついており、スポーツにお金を支払う文化がまだ定着していないように思いますが、少しずつその流れは変わりつつあります。一生懸命取り組んだスポーツで勝った・負けたという経験は、他のものでは代替できない人間の強さを生み出すと思います。**

**BACSでは、プロ・アマチュア選手500人以上のデータをもとにアルゴリズムを構築しています。このデータを使えば、球速とひじのストレスの相関からケガを予測することもできます。個人にひもづいたスモールデータをビッグデータ化することで、未来を予測できるようになり、それぞれに合わせた定量データによるテイラーメイドなトリセツ(取扱説明書)を作ることができます。**

**これからはトレーニングの量や質だけではなく、どのようにデータを活用してトレーニングの強度を上げていくかが求められていきます。BACSが、日本の野球界を劇的に変える流れを生み出すと思います。**(ネクストベース 取締役 エグゼクティブ・フェロー/國學院大學人間開発学部助教 神事努氏)

日本の野球界でデータ活用という新しい波が押し寄せる中、その中心で大きな渦を巻き起こそうとする、ネクストベース。今後、トラックマンだけでなく、各種センサーデバイスのデータをはじめ、野球に関するさまざまなデータを収集することで、ビッグデータ解析およびAIによるコーチングに取り組んでいくという。なお、中尾氏によれば、ネクストベースでは、現在、システム拡張とチーム体制を強化するために資金調達を検討しているとのこと。